35歳独身女が次の道にたどりつくまで

35歳独身女が13年勤めた会社を行先も決めずに退職。退職後なにをしていたのか、日々なにを感じてるのか。ただただ書いていくブログです。

世界はかまってちゃんでできている。

私は「かまってちゃん」が嫌いだ。
自分のことばかり話す。人の話を聞かない。
「すごいね」「かわいいね」「大丈夫?」
自分を褒めてくれて、心配してくれる人を常に探している。一度かまってあげたら最後。ずーっと追いかけてくるのだ。

私の「かまってちゃん」とのつきあいは、長い方だと思う。はじめは高校時代。同じバスケ部に所属していた、A子ちゃんだ。背が高くゴール下という体をぶつけあうポジションにもかかわらず、プレイが失敗したときにはナヨナヨし、クネクネしていた。
部活外でもそのスタイルなので、もともとそういうクネクネナヨナヨな子なんだろう。
その子にある日、はじめての彼氏ができた。そうじ当番だというのに彼氏を教室につれてきてクネクネ、やっと回転ぼうきを持ったかと思えば、ナヨナヨ。彼氏が教室から出て行けば、下を向き、見るからに悲しそうな表情をして髪の毛をいじる。
見かねて「○○(彼氏の名前)どこいったのー?」と声をかける。
すると待ってましたと言わんばかりの顔で「なんか、このあと男バスで海いくんだってー。一緒に帰る約束してたのに。ひどくない?」「えーそうなんだー、ひどいねー」。
こんな会話は何度あったか数え切れない。
それから10数年、たまに当時の女子バスケ部メンバーで集まる。9割が結婚し、子どももいる。そのうちの1人に子どもが生まれたばかりのころ。その「かまってちゃん」を含めたみんなで赤ちゃんを見に行ったときのことだ。「あーくしゃみした!」「どっちに似てるかなぁ」なんて定番の会話をしていたら、かまってちゃんが大声でこう言った。
「うちの○○(自分の娘)ね! くしゃみめっちゃ変わってるさー。なんていうのこう……あ! 動画あったかも! めっちゃ旦那に似ててさ!」
はじまった。高校時代からずっとだ。今日はここの家の赤ちゃんを見に来てて、母親になった子の出産体験とか今言いたい愚痴だとかを聞きに来たのに、どうしてこう自分自分となってしまうのか。言いたい。今はお前の話聞いてねーよ! 今日はこの子の話聞く日だろうよ! 言いたい。でも、ずっとこれを受け入れてきてしまったし、不機嫌になるとさらに面倒くさいから言えない。ぐっと堪えてだまるわたし。他のメンバーはというと、笑顔でうんうんと聞いてあげている。こういう関係はもう15年以上も続いているのだ。

ところかわって、前の会社にいる「かまってちゃん」。それは社長の娘だった。
上司も同僚も役員も気を遣うその社長の娘は、喜怒哀楽が手に取るようにわかる。
今でもよく覚えていることがある。社長の娘はわたしの先輩で、向いで同じ内勤業務に就いていた。
そんな先輩が結婚をすることに。昼休みには「結婚式の準備をしている私」を見てほしくてたまらない。それがわかっている私。
高校時代のようにこちらから話しかけることはしないと決めていた。だってめんどくさい。一向に話しかけてこない私にもやっとしたのか、「ねぇ」。きた。かまってほしくて声をかけてきた。仕方なく顔を向ける。
「披露宴で配るパンフレット用の写真なんだけど、この頃の私、かわいくない?」
おぉ。かわいいと言えと。なるほど。
しかし、そこに写っているのは、お世辞でもかわいいと言えないくらいの普通の子どもだった。
でも、ここで「かわいい」と言わないほど、私もバカではなかったので、「かわいいですね!」と言ってやった。
「だよねー! この頃が1番かわいかったと思うー。自分で言うのもなんだけど! ふふふ」
ふぅ。よし、任務完了。
私は目を別の方に向けて、残りの貴重な休みを満喫しようとする。
しかし。まだ言ってる。
「やーほんと。この頃が1番だったなー。超えられないなぁ、あの頃」
長い。まじ勘弁しろや。ほほえみというか苦笑だけ向ける。

「いやあ! 今もかわいいですよ!ねぇ!」
娘の後ろから課長が入ってきた。
「〇〇(私)さん、なかなか言わないから(笑)」
あ、すいません。
今もかわいいですよと言わないと終わらない会話だったのだ。
だって、今なんてお世辞でもかわいいと言えないし、私は「かまってちゃん」が大嫌いだから。
しかし、これでやっとこの会話は終わったのである。


ということで「かまってちゃん経験」は長くて濃いと自分で思っている。

そんな私が自分も「かまってちゃん」なんだと気づいたのはつい最近のことだ。
転職エージェントと話していた時のこと。
「モテ期ってありました?」
年が近いことと、考えが近いことからいつの間にかこんな話になっていた。
「私、高校時代に後輩女子から手紙とお花もらったことありますよ」
「え、まじすか! どんな気分ですか、同性からって」
「うれしかったですよ、単純に。や、でも人伝いにもらったので何かの罰ゲームだったかもしれないですけどね」
ここでエージェントに言われた。
「あれ? 女性的な考えもあるんですね」
「え? どういうことですか?」
思いもしなかった反応にすかさず返す。
「今のって、いやいやそんなことないですよって言われるための言葉じゃないですか。男はあんまり使わないですよ」
ゾッとした。
自分も嫌いな「かまってちゃん」になっていたのか。
すごく嫌だった。
気づかぬうちに「かまってちゃん」になっていたのだ。

ここまで私を含めて、「かまってちゃん」は女ばかりだが、男にはいないのか。
……いた。トランプ大統領がそうじゃないか。Twitterなんてまさにそのもの。
いや。Twitterにいる人たちなんて、全員「かまってちゃん」じゃないか。
「私の話を聞いて」
「いいねして」
「拡散して」
そんな人たちだらけだ。
誰もが発言できるようになった。
「あの人、自分のことを話さないからあんまりわからないね」なんて言われる人はもう、いないのではないのだろうか。
犯罪を起こせば、声を発して話してはいなくても、TwitterFacebookなどでどんなことを考えているのか、どんな発言をしていたのかはすぐに広まってしまう。
知らず知らずのうちに発言していて、「聞いてほしい」「いいねしてほしい」「拡散してほしい」と願ってしまうかまってちゃんになっている。

私と同じく「かまってちゃん」が嫌いだと言っているみなさん。
みなさんも「かまってちゃん」なんですよ。
ただ、影響力の大きさや言い方、しつこさにはかまってちゃん度が大きく異なると思います。
ちょうどいい「かまってちゃん」目指して、嫌われない「かまってちゃん」目指して、今日も発言いきましょ。